平塚七夕まつりは古そうだけど歴史があるの?ひらつか織り姫は?

七夕まつり

初夏の風物詩となった
平塚七夕まつり。

毎年、本当に多くの方が楽しんでいます。

この時期になると、
七夕を連想させる事柄が多くなり、
テレビなどでも取り上げるので、
会社や家庭の中でも話題になります。

平塚七夕まつりは、
人生で一回は行ってみたいお祭りの一つではないでしょうか?

 

平塚市が街を上げて、
歴史ある平塚七夕まつりを盛り上げていますので、
活気あり、飾りあり、露店あり、
のみんなが楽しめるお祭りとなっています。

そんな平塚七夕まつりの歴史を、
ちょっと紐解いていきましょう。

平塚七夕まつりの歴史を知ってから行くのも話題になっていいよね

平塚七夕まつりの歴史は、
昭和25年から始まります。

第二次大戦中、平塚市は海軍火薬廠
(かいぐんかやくしょう)
という兵器工場がありました。

軍事施設があったために、
第二次大戦中、平塚市は大きな被害を受けたのです。

 

しかしながらも、
平塚市の復興はおどろくほど早かったんです。

昭和26年、平塚市は復興祭りを行いました。

ちょうど田植えが終わった後の休暇と重なったので、
多くの人で賑わったのです。

これを機に仙台の七夕祭りを真似て、
平塚七夕まつりが開催されました。

 

第43回を迎えた時に、
『湘南ひらつか七夕まつり』という、
現在の名称に変わりました。

始まりは復興という意味合いでしたが、
第7回からの七夕まつりは、
平塚市の諸産業発展を願い、
もっと多くの人に平塚を知ってもらおう、
といった意識に変わり、
その結果は、ご存知のように、
日本を代表するような七夕祭りになったのです。

 

仙台の七夕祭りを真似したとは言え、
決定的に違うところがあります。

それは、七夕飾りが
竹とソフトビニールなどで出来てるので、
電飾を施すことが出来て夜でも楽しめる

という点です。

これは、平塚七夕まつりの特許とも言えますね。

平塚七夕まつりでデビューのひらつか織り姫について

平塚七夕まつりの名物イベントには、
織り姫パレードというものがあります。

その年の「湘南ひらつか織り姫」に選ばれた3名が、
七夕まつりの期間中、
平塚市内でパレードに参加します。

 

湘南ひらつか織り姫に選ばれたら、
そのパレード以外にも1年間平塚市のPR活動を行います。

1次、2次、インターネット投票で、
湘南ひらつか織り姫は決定します。

応募条件には、神奈川県在中の女性
となっているのですが、
今年の3名は、いずれも平塚市在中の女性でした。

ですから、小さい頃から平塚七夕まつりに、
親しんでいる女性であるのです。

 

パレードで美しいひらつか織り姫に会えるのも、
また、楽しみの一つに加えてみてはどうでしょうか?

まとめ

お祭りはテンションが上がるイベント。

土地土地のお祭りは大事にされてきました。

平塚の七夕まつりは、
元を正せば復興がスタートでした。

それから60年以上たった今でも、
大勢の人が足を運ぶお祭りの代表格となりました。

東日本大震災や熊本地震などで、
復興が叫ばれている今、
平塚の七夕まつりは元祖復興祭りとして、
模倣される側の立場になりました。

これからもずっと続いて欲しいお祭りの一つですね。

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